”最先端の総合武道”空道 大道塾 三鷹同好会/Team Tiger Hawk Tokyoの小野です。
今回はこれまでの試合レポートとは趣向を変えてみます。
8/21、RISE大阪大会にて、ペットパノムルン・ギャットムー9(カオ)と原口健飛の再戦が組まれましたね。
日本で行われる試合の中では、楽しみにしているカードの一つです。
前戦は昨年の2021/11/14でした。
記憶にある方も多いと思いますが、日本のキックファンの多くにとっては、おそらく「あの原口が!?」と思うような内容で、ペットパノムルンが圧勝しています。
その後、原口は在日タイ人のロンペット、K-1の前チャンピオンである山崎秀晃に連続KO勝ちを収め、待望のリマッチにこぎつけたわけです。
一方のペットパノムルン。
先ごろ、タイで行われたペッティンディー興行に出場し、チュージャルン・ダブランサラカムと対戦しています。
日本ではほぼ無名に近いと思われるチュージャルンが首相撲の展開で優位に立ち、判定勝ちを収めました。
面白いことに、ペットパノムルンと原口の初戦のひと月ほど前にも、この両者は対戦していて、そのときはペットパノムルンが勝っていますね。
展開は似たような印象ですが、首相撲のポジションで、1年前よりもチュージャルンが優位に立っていることを明確に示したということでしょう。
攻撃を伴わない組み付きを禁止し、単純に殴る蹴るだけに近いGROLYでは無敵を誇るペットパノムルンですが、ムエタイならこう負けることもあるということですね。
言うまでもなく、ペットパノムルンの力が落ちている、という話ではありません。
技術の幅の「広さ」の価値
ルールの制約事項が少なければ少ないほど、多様な戦術が取りえます。
したがっていろいろなタイプの選手に勝つチャンスが生まれることになります。
相手に合わせた戦術を、試合ごとに変えたりすることもムエタイでは珍しい話ではありません。
MMAでも、レベルの高い選手では見られることではないでしょうか。
青木真也さんが、グラップラー対決と目された試合で、左ミドルキックを軸に完勝したことがありましたよね。
青木さんは常々、寝技をストロングポイントに置くタイプの選手だからこそムエタイスタイルが活かせるという主旨のことを言っています。
やっぱりムエタイは奥深くて面白い、と言いたかったのがきっかけで書き始めたのですが、それだけだと何を今さら、となってしまいますので(^_^;)、もう少し掘り下げてみます。
「ルールの制約事項が少なければ、多様な戦術が取れる」。
これ自体は当たり前のことですが、現実には簡単ではありません。
実現されるには、いくつかの前提が必須だからだろうと思います。
- 選手のスキルに極端な偏りがないこと。
- ジャッジの側でも評価するスキルに偏りがなく、かつ基準が統一されていること。
例えば、ムエタイで首相撲にまったく対応できない、空道を含むMMA系で寝技をまったく知らない選手は、まず「多様な戦術」を取るすべがありません。
ワンキャッチワンアタックのみのRISEルールでさえ、首相撲のテクニックを上手く活かしたペットパノムルンに対し、原口は組んでからの攻防について無策すぎました。
繰り返しますが、タイではむしろ首相撲の展開で負けることもあるペットパノムルンに対しても、です。
そして「蹴ってもいい」けどパンチが評価されるとか、「組んでもいい」けどパンチが評価されるなら、やはりパンチに偏った戦術を取るほうが有利になります。
その意味で、選手はスキルのレベルも幅も求められ、ジャッジやコーナーを含めて統一された判断ができているムエタイは、やはり凄い世界だなと、改めて思います。
どちらも例外はありますけどね。
首相撲がはっきりウィークポイントながら、強みを活かしてトップ戦線にいる選手もいますし、ジャッジが割れて、かつギャンブラーたちが納得せずに暴動寸前の騒ぎを起こしてノーコンテストになったりすることもあります。
それでも、総じて見れば多様な戦術が許容され、それにより「自分はこれで勝負する」選択ができることは、選手にとっても観る側にとっても魅力だと思います。
小野自身について言えば、打撃主体のスタイルながら、ボクシングを選択していたらたぶん箸にも棒にもかからない選手だったでしょう。
制約の少ない空道ルールだからこそ、その中で打撃のアドバンテージを活かせたと考えています。
技術精度の「高さ」の価値
逆に言えば、最も制約の厳しいボクシングには、両拳しか使えない中で互いの戦略を競い合う醍醐味もありますので、それはそれで武道/格闘技の奥深さであり魅力でもあります。
制約が多くなればなるほど、許された技術の精度と才能で勝負が決まってしまいます。
ボクシングルールで、那須川天心がフロイド・メイウェザーJr.にまったく歯が立たなかったことを思い出してみるとわかりやすいのではないでしょうか。
その天心は、武尊との「世紀の一戦」でダウンを奪って勝ちました。
ダウンシーンは、二人のボクシングスキルの精度の差が出たように思います。
2人の練習メニュー自体には、そこまで大きな違いはないと思われます。
バッグ打ち、ミット打ち、スパーリング、ランニングやフィジカル強化。
武尊と天心の練習についての報道をもとにすると、違いがあるとすれば、どの練習に重点を置き、フォーカスしたかではなかったかなと。
ガチスパーで仕上げる武尊(というかK-1オフィシャルジム)のスタイルでは、自身より巧く強い相手がいないと、技術レベル自体を上げることに限界があるのかもしれません。
対する天心は、シャドーをすごく大事にしているとコメントしていた記憶があります。
シャドーなら、自分より巧く、強く、速い相手をイメージできれば、その上をいくイメージを作ることもできます。
…と言葉で書くほど簡単なことではないので、もしそうやってあのレベルまで自身を引き上げたのならば、やはり天心は”神童”と呼ばれるのにふさわしいでしょう。
ルールとしてはキックもワンキャッチも認められていましたが、普段パンチの比重が高く組んでの攻撃が認められないK-1ルールで闘っている武尊には、ルール幅を活かして戦術を変えることはできませんでしたし、おそらくする気もなかったでしょう。
結果として、愚直とも言える姿勢で前に出てパンチを振り続ける武尊の姿が、多くのファンの心を打ったので、技術論だけでは語れない試合だったと思います。
ちなみに小野も「武尊カッコよかったな」と思ったひとりです。
最も制約の少ないMMAまで経験して幅の広いスキルを有する天心ですが、この試合を最後に最も制約の多いボクシングへ転向します。
武尊戦では「広さ」から「高さ」へと、はっきりとシフトした結果を見せてくれたと言えるのかもしれません。
「技術精度を上げる」ことと「技術の幅を広げる」こと、「高さ」と「広さ」は基本的にトレードオフの関係にあるのは確かです。
だからこそ、空道やMMAの選手も指導者も、どちらも意識しておいたほうがいいでしょう。
ボクシングだけ、寝技だけと偏った練習内容になれば戦術の多様性、「広さ」は成長しません。
逆に、全部を意識した試合と同じようなルールのスパーリングばかりだと、個々の技術の「高さ」が伸びないことは容易に想像がつきます。
有限の時間をどのように振り分けて、どうやって精度を高めながら技術幅を広げていくのか、難題ですが、指導者には工夫が求められますし、選手も自身で考えて理解度を高める必要があるでしょう。
さて、原口-ペットパノムルン戦。
せっかくなので、展望も書いておきます。
予想ではないですよ、と予防線は張っておきます。
(^_^;)
ルールは前回同様RISEルールです。
ムエタイルールに比べると、ぐっと幅の狭い(制約の多い)ルールですね。
前戦を見る限り、「高さ」つまりパンチと蹴りの精度ではペットパノムルンが勝っていましたが、原口のパンチ力自体は侮れません。
「広さ」では、ペットパノムルンでしょうね。
そもそもムエタイ選手であることに加え、外国人選手相手のGLORYで勝ち上がった経験値を考えると、総合的にペットパノムルン優位は疑いのないところです。
では原口が勝つとしたら、どのような条件が必要でしょうか。
ひとつは「広さ」の差を少しでも埋めているか。
首相撲のテクニックを活かしてくるだろうペットパノムルンに対し、組みの展開で少なくともはっきり負けている印象を与えない工夫が必要となるでしょう。
ムエタイルールではごまかすのはほぼ無理ですが、逆にタイでの試合のように組み方のポジションで差がつくこともないため、いいヒザ蹴りをもらわない、こかされないことに注力すれば、大差はつかないかもしれません。
以前のカイト・ウォーワンチャイの試合でも触れたことがありますが、例えば後ろを向いて組みから逃げたとしても、日本のリングなら印象が良くない程度で済みます。
ヒザで腹を効かされた前戦の展開よりはずっといいでしょう。
もうひとつはパンチの精度を高めつつ、どう当てるかの工夫をすること。
蹴り合い組み合いはどうしても不利なのは間違いありませんので、原口が勝つとしたら強打を当てる必要があります。
しかし、逆説的な言い方ですが、そのためにはパンチ以外の攻撃をどのように使うかが大事になります。
狙いを絞らせずに、いかに「散らす」かですね。
前述のように、使う技術を限定すればするほど、精度の高いほうが勝つ確率は高くなります。
仮にボクシングルールだとしたら、原口がペットパノムルンを倒すのは至難の業だと思います。
しかし蹴り技とワンキャッチのあるRISEルールなら?
ペットパノムルン優位は動かないものの、チャンスは広がるのではないでしょうか。
前戦のように、一発のパンチ狙い、回転技に逃げる展開になってしまうと、そのチャンスはほぼなくなります。
タイ人が再戦に強いのは、一戦目で得た情報をもとに、たくさんある引き出しの中からどのカードを切るのが効果的かを見極める能力が選手・トレーナーとも高いからです。
ペットパノムルンも、自身が負けるとすれば一発のパンチを被弾するパターンであることは折り込み済みなはずで、そこを確実に潰しに来るでしょう。
だからこそ、リズムを崩し、予想外の攻撃パターンを準備して、意図的に乱戦に持ち込みたいところです。
ラグビーで言うところの「アンストラクチャー」。
陣形の整わない、それぞれのポジションの選手が決まった位置にいない状態でボールが動いている状況のように、セオリーから外れた攻撃パターンは必要だと思います。
もっとも、それすらペットパノムルンは対応してくるかもしれません。
そのくらいの実力差があるカードです。
しかし逆に言えば、ペットパノムルンは闘い方を変えてきたり、特別な策は用意してこないはずで、原口サイドからすれば展開は読みやすいとも言えますね。
「広さ」と「高さ」。
「幅」と「精度」をどのように使って、どちらが優位に立つのでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。