第10試合 メインイベント 3分5R ハンディキャップマッチ
スーパーバンタム級 カイト・ウォーワンチャイ vs. フェザー級 佐野貴信
”最先端の総合武道”空道 大道塾 三鷹同好会/Team Tiger Hawk Tokyoの小野です。
この試合は、日本では珍しい「体重ハンディキャップマッチ」でした。
日本人最高峰ナックモエ・カイトが122ポンドのスーパーバンタム級。
対戦相手の佐野が126ポンドのフェザー級と、完全に1階級差があります。
日本で組まれないのはもちろん、タイ以外では例外的な試合扱いとなるでしょう。
※計量オーバーが原因で「結果として」そうなる場合はありますが。
普通に考えれば、体重を軸にした階級制を取っている以上、同じ条件で闘うのが当然ではあります。
しかしながら、タイでは同じ体重だと実力差がある場合、下位の選手を重い体重設定にすることでその差を埋め、試合として拮抗させることが当然のように行われています。
賭けの対象であることは大きく影響しているのは当然ですが、一方的な圧勝劇よりも最後までどっちが勝つか判らないクロスゲームが好まれるところもあるでしょう。
この試合の後、11/20には、タイで現代の最高峰ムエカオであるヨーティン・FAグループが126ポンドのタイトルマッチを行いました。
ヨーティンはカイトと同じく首相撲の選手で、英語のムエタイニュースサイトでは”The king without a crown” 無冠の王者と表現されているほど評価の高い選手です。
そのヨーティンのタイトルマッチは、2ポンドのハンディ付きとなりました。
ヨーティンは規定より軽い124ポンドまで減量しての試合となりましたが、文句なく圧勝して久しぶりのベルトを巻いています。
タイトルマッチですらハンディを付けて拮抗した勝負にしようとするのですから、徹底していますね。
(^_^;)
さて、そんなハンディマッチですが、今回のカイトの試合は日本で異例なだけではありません。
4ポンドもの差がある組合せは、タイでも見かけません。
さらに言えば、カイトはタイでは118ポンド(バンタム級)で闘っていましたので、そこからだと8ポンド差(約3.6キロ差)です。
ボクシングやキックボクシングを知っている方なら、あり得ない話だとご理解いただけると思います。
ムエタイでカイトのマッチメイクをするのが、この日本でいかに難しいかを物語っていますね。
しかし、結果として体重差は試合をスリリングにした要因の大きなひとつとなったことは間違いありません。
- 体重差
- 佐野の技量と覚悟
- 5R制
この3点が揃って、見ごたえのある試合になったと思います。
展開を追ってみます。
1R、立ち上がりから「おや?」と思ったのは佐野の立ち位置です。
かなり近いですよね。
日本人選手で、カイトに対してこの距離で立ったのは4月の大﨑孔稀くらいしか思い出せません(それも試合前半だけ)。
前戦でも触れましたが、日本のキックボクシングとタイのムエタイの大きな違いのひとつが、この距離感だと思います。
「手を伸ばせば相手の身体に触れることができ、ミドルキックがお互いに当たる距離」での攻防が基本のムエタイの距離に、佐野が立って試合を組み立てようとしたことは意外でした。
この距離での攻防は、端的に言えば技術戦になります。
相手の攻撃を正確にディフェンスできるか、自分の攻撃を当てるためのフェイント技術や攻撃精度、カウンターの上手下手などの要素がより試される距離です。
逆に遠い距離ではスピードとパワーがあれば、ある程度「ごまかしが効く」とも言えます。
もちろん状況や選手次第ですが、ざっくり言えばそんな距離で試合が始まったわけです。
体重差を味方につけたこともあったかもしれませんが、佐野は”ムエタイメジャーリーガー”に対して技術戦を挑んだことになります。
そしてそれは単なる蛮勇ではありませんでした。
インローの蹴り合い、フェイントからのミドルやパンチの攻防はほとんど互角。
正直、やっぱり4ポンドはハンディあげすぎだったかなと思ったほどです。
カイトがちょっとイラっとした感じもありましたが、終盤で佐野のミドルをキャッチしてきれいに投げ、組み合いでは圧倒的に優位なポジションを取ったところで1R終了。
ちなみに小野はこの試合、元新日本キック協会フェザー級王者・大野信一朗さんと一緒に観戦しました。
偶然会場で会ったのですが、一緒にいると通りすがる人のうち8割くらいが大野さんに挨拶していくという、キック界の裏大御所...と言ったら失礼かもしれませんが(笑)、そんな人です。
そうなっている理由は、大野さんの人柄ももちろんですが、ムエタイ・キックボクシングについての確かな技術力と理解度、それを言語化する能力の高さがあるのは間違いありません。
小野も、現役時代の10数年前から一緒に練習してご指導いただいて、そのあと飲んでと、大変お世話になっています。
大野さんのエピソードも、どこかでご紹介(あるいは共有)したいのですが、試合に戻ります。
1Rから、そんな大野さんが「相手(佐野)、初めて見たけど上手いねー!」と評価し、小野ももちろん同意していました。
近距離での技術戦を挑んで、序盤戦の試合を作った(ポイントがどっちにつくかと関係なく)のは佐野の方だったという印象です。
2R、序盤で前蹴りの蹴り合いがあり、佐野がタイミングよくカイトを転ばします。
笑いながら立ち上がったカイトですが、いきなりパンチで仕掛けるあたり、カチンときてるなという印象です。
タイでも見かけないシーンは、やはり体重差の壁を感じさせましたが、佐野の前蹴りのタイミングが良かったことは間違いありません。
カイトはテンカオから首相撲の展開を増やし、やや強引な印象ながら流れを引き寄せていきます。
2R後半になると落ち着いてミドルやローで距離を潰しながら、首相撲、そしてヒジを狙う展開で終了します。
1-2階級上の相手を、組んで押さえつけ振り回すカイトにも驚きますが、それでも佐野がよく踏みとどまっていたラウンドだったと思います。
3R、カイトがパンチで突っかけると佐野も応戦し、打ち合いのシーンが生まれます。
カイトの圧力に、後退はするものの必要以上に退かない佐野ですが、テンカオ(組まないヒザ)が決まることが多くなってきます。
それでも佐野は即フィニッシュにつながるヒジは上手く捌いていますし、カイトの前蹴りを取ってきれいに投げるシーンも作ります。
これもまた、タイでの試合も含めて、こんな投げられ方をするカイトは記憶にありません。
再開後カイトがテンカオで詰めて終了。
4R、カイトが圧を強めます。
距離を詰めてテンカオ、前蹴りを取っても投げずにヒザに繋げます。
佐野は組まれてしまった場合や、ヒジの間合いでは勝負を避けつつ、チャンスを狙っているように見えました。
しかしカイトはさらにギアを上げます。
テンカオから、組むと防戦を徹底する佐野にティーカオ(組みヒザ)の連打を見せます。
タイなら試合が終わってもおかしくない展開に持ち込みました。
タイでのレフェリングの傾向として、頭を打たれて倒されても、出血があってもなかなかストップしませんが、ボディのダメージを顔や態度に出した場合は、立っていてもTKO宣告することがあります。
これも賭けと関係ある話なのかもしれませんが、とにかく相手を倒そうとする戦意を見せていないと、上手かろうが余力があろうが勝負ありとされてしまうわけです。
タイでは最重要と言われる4Rで、カイトが佐野を突き放した印象でした。
そして最終5R。
開始こそハグから始めたカイトですが、それはもう勝利を確信していたからなのかもしれません。
一気に距離を詰めてテンカオからのヒジ、そして倒れ際に顔面にもヒザを入れて佐野を倒します。
4Rまでよく耐えていた佐野でしたが、限界を超えていたのでしょう。
立ち上がろうとしますが、足元が覚つかず、レフェリーが試合を止めました。
34秒でカイトのTKO勝ちです。
見ごたえのある試合でした。
はじめに、その理由を3点挙げておきました。
・体重差
・佐野の技量と覚悟
・5R制
体重差は言うに及ばず。
佐野の技量が高かったことは、ラウンドごとに解説してきた通りです。
そして最後まで「勝負の距離」に立ち続けた覚悟は賞賛に値します。
最後の「5Rの試合だったこと」について補足しておきます。
1Rから2R途中くらいまでは、佐野が試合を作っていた印象でした。
採点をつけるならカイトになるかもしれませんが、どちらのペースかと言えば佐野だったのかなと。
3Rであれば、佐野も闘い方を変えていたかもしれません。
まったくの憶測ですが、3Rでカイトに勝とうとするなら1Rに距離を作ってポイントになりそうな攻撃を入れ、捕まらずに逃げ切りのほうが確率が高いからです。
もっとも、この1年半でそれをしようとした選手はことごとく跳ね返されていますが。
言い変えれば。
佐野サイドは、5Rだからこそ、あえて覚悟の技術戦を選択したことで、序盤のペースを作れたのかな、と。
対するカイトはその立ち上がりを経て、焦りも感じながら自分の闘い方を貫きます。
ムエカオらしく、相手の攻撃を受けても怯まず前進し、組みついてヒザを入れるを繰り返し、全ラウンドを使って上の階級の佐野を削り倒しました。
何度も書いていますが、ムエカオにとっては3Rは試合の組み立て自体がしづらく、ただでさえ不利なのです。
今回は、勝ちというゴールに行くために時間のかかる組みヒザも多用し、本来の姿を見ることができました。
現在の日本のキックボクシング興行では3Rが主体ですし、その面白さも理解はしています。
が、やはり選手とファイトスタイルの多様性を最大限活かせるのは、5R制だよなあと感じた一戦でした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
秋は数戦キックボクシングの試合セコンドを務めたので、そのあたりのレポート(というか裏話)も次回以降まとめます。