”最先端の総合武道”空道 大道塾 三鷹同好会/Team Tiger Hawk Tokyoの小野です。
今回はRISEレポートです。
大道塾の後輩であり空道女子全日本王者、大倉萌は昨年キックボクシングデビューし、1年ちょっとでランキング2位を奪取しました。
ムエタイベースの打撃技術の高さで、特に目の肥えた格闘技ファンから驚きとともに高評価を得ています。
前戦はトーナメント決勝でAKARIに僅差敗戦でした。
対する宮﨑若菜。
先に女子アトム級のタイトルを手にした宮﨑小雪の姉であり、ランキングは3位ですが、大倉と同様、トーナメントで1位のAKARIに敗れてのランク付けのため、決して実力も評価も劣る選手ではありません。
フルコンタクト空手仕込みの力強い攻撃を軸としたスタイルで、上位選手たちと比べると印象が地味かもしれませんが、その分若くして安定感のある選手という印象です。
両者は一度対戦が決まりかけていましたが、諸事情で流れ、今回はランカー同士となっての対戦実現です。
セミファイナル(第6試合)ミニフライ級(-49kg) 3分3R延長1R 大倉 萌 vs. 宮﨑若菜
大倉 萌 vs 宮﨑若菜/Moe Okura vs Wakana Miyazaki|2021.8.28【OFFICIAL】
映像でも判るように、身長など体格面はほぼ同じ。
しかし、スタイルは真逆と言ってもいいくらい違います。
遠い間合いからのミドルキック、前蹴りを得意とする大倉。
対する若菜は近距離でのパンチの打ち合いに強い選手です。
つまり、この試合は「どちらが自分の間合いで闘えるか」がポイントとなります。
もっと言えば「異なるスタイルの綱引きを制するのはどちらか」ということです。
どんな試合でも同じと言えば同じですが、体格が同じなのにここまで極端な距離の取り合いが予想されるのは、どちらかと言えば珍しいと思います。
長い距離と短い距離、それぞれの技術レベルにもよりますが、一般論で言うなら長い距離を得意とする選手が有利だと言えるでしょう。
先に自分の間合いに入れるからです。
1R、大倉リード
試合の立ち上がりは一般論通りになったと言っていいでしょう。
サウスポーの若菜に対し、得意の右の蹴り技から入る大倉。
若菜はミドルキックは予想していたのでしょう、軸足にローを蹴り返しますが、それでも大倉はミドルを蹴ります。
軸足へのロー自体は、一見ミドルキックへのカウンターとして有効に思えますが、実際にはそうでもありません。
例えば伝説の外国人ナックモエ、デニー・ビルくらいになると全く話は変わりますが(^_^;)、ちゃんとミドルが蹴れる選手であれば、軸足にローを合わされるくらいでは崩れません。
ただし、若菜は初めから「合わせる」のではなく「蹴り返す」ことを狙っていたと思います。
これは試合全体を通して意味を持つことになります。
本当は早く自分の距離に入りたい若菜は、序盤にフェイントからの崩し? を狙いますが逆に大倉のカウンター右ストレートを被弾します。
軽かったと思いますが、そこから「無理に距離を詰める」ことを捨てた若菜は冷静でした。
普通ならムキになって自分の距離を取りにいくからです。
大倉の蹴りが届くギリギリの距離を保ち、フェイントでプレッシャーをかけながら攻撃を待って受けて反撃。
この戦術、やる方もやられる方もイヤなものです。
やる方は「手数を出したいのに出せないから、ポイントは相手に流れる」ことを我慢しないといけませんし、やられる方は「見られてて攻撃しづらい上に、ミスすると一発で相手ペースになるかも」だからです。
もっとも、それはRISEが「キックボクシング」だからで、ムエタイなら普通にありうる戦術です。
相手に先手を取らせて、ディフェンスして反撃というスタイル「チャンワ・ソーン」は、上手くいけば評価される闘い方ですね。
しっかりしたディフェンス技術も評価対象になるムエタイならではとも言えます。
もちろん先手必勝型の「チャンワ・レーク」も評価されないわけではなく、その試合ごとの各選手がどのようなプランを練るかの判断だということです。
必ずしもファイター型(ムエマッドとか呼ばれます)が「レーク」、テクニシャン型(ムエフィームー)が「ソーン」ではありません。
同じ選手でも試合ごとに使い分けたりしますし、再戦とか再再戦でスタイルを変えたりすることも普通ですね。
そこがムエタイの面白さでもあるのですが、このRISEのリングではアグレッシブに見える「チャンワ・レーク」が評価されることは言うまでもありません。
だからこそ、若菜の取った「チャンワ・ソーン」は賞賛されるべきだと思います。
勝つための道筋を付けて、それをRISEの判定基準を知っていて、それでも我慢して実行したのではと想像するからです。
R後半、若菜は前重心に変えてプレスを強めます。
すかさず前蹴りで突き放した大倉はさすがですね。
そしてその前蹴りをフェイントに使い、若菜を近づかせません。
このRは大倉が距離の取り合いを制したと言っていいでしょう。
しかし、いろいろなタネが蒔かれたRでもありました。
2R、若菜が流れを引き寄せる
立ち上がりから若菜は距離を詰めます。
いきなり詰められたからか、大倉の反応がちょっと遅れたように感じました。
単純に驚いたのかもしれませんが、慌てて蹴ったミドルは距離が合っていません。
そして若菜は1Rから続けていた、受けてからの反撃で更に前進します。
「蹴りは身体で受けて前進」は、言うのは簡単ですが、実行するのは簡単ではありません。
それを可能にしたのは、「フィジカルの強さ」と「度胸」、そして「信頼」だったかもしれません。
おそらく、インターバルでセコンドから「詰めろ」と指示が出ていたのだと思います。
蹴られるのは仕方ないから、蹴られた後にパンチを打て、と。
それで勝てるから、と。
2R前半は、それでも大倉がいい距離で蹴るシーンも多く、その後に潜り込まれても対応できていたかと思います。
が、後半は一気に流れが変わりました。
蹴りを受けられて打ち返される相手の「チャンワ・ソーン」が多くなり、短時間で大倉のフィジカルもメンタルも消耗させられたと思います。
大倉のミドルキックが浅くなったのが気になりました。
反撃を怖がり始めたように思えたからです。
そして若菜のパンチコンビネーションには、必ずボディーショットが組み込まれていました。
パンチに対して、頭狙いなら振ってかわすこともできます。
事実、大倉は中間距離のパンチはかわしています。
が、顔狙いのパンチの後に繰り出されるボディーショットは、かわすのは容易ではありません。
つまり、当てることはできる。
距離を詰めたい若菜からすると、近づけた少ないチャンスで腹を攻めることは、相手の動きを落とし、さらに近づきやすくなる相乗効果を生みます。
ただし、相手が落ちてくれるかどうかは判りません。
ある意味「賭け」ですね。
もっと言えば、ボディー狙いは自分の手も下がるのですから、カウンター被弾や相打ちの可能性も高まります。
蹴りを受ける → 踏み込む → パンチコンビネーションでボディー狙い
この流れは勇気の要る戦術だったと思います。
結果、2R後半からの流れは若菜に傾き始めました。
賭けに勝ち、勇気の対価を得たわけです。
大倉も蹴り技で突き放そうとしますが、終盤はアームブロックではなくスウェーでよける動きも見せた若菜には、余裕すら感じました。
この当たるはずの距離でかわされると、蹴ったほうは、大げさに言えば「絶望」しますね。
強い反撃を許す距離ですし、「自分の攻撃が通じない」という感覚を与えられるからです。
バックステップでかわされるのとはまったく違います。
直後の2人の表情は対照的でした。
どこか楽しそうな若菜と、最警戒の緊張感漂う大倉。
このR、おそらく採点上はイーブンだったと思いますし、妥当ではないでしょうか。
しかし、最終Rには若菜が流れをつかんでつなげたのは確かです。
3R、互いのスタイルのせめぎ合いから、若菜が流れを引き寄せて決着
立ち上がりは大倉が自分の距離で蹴りを上下に散らして主導権を取ります。
ミドルの後に同じリズムでロー、そしてミドル空振りでも前蹴りに変化など、若菜はついていけてないように見えました。
パンチでも右クロスをヒットさせ、近づくとヒザで若菜を止めにいきます。
しかし、若菜はこのRは距離をひたすら詰めていましたね。
「チャンワ・ソーン」はもう終わりということでしょう。
RISEルールの中で勝ちに来ていました。そして、彼女本来のスタイルで勝負にきたということです。
そして、大倉はボディーへのダメージの蓄積もあったのでしょう。
打ち合いに応じざるをえない時間帯が増えていきます。
ラスト1分半は、若菜の好きな距離での攻防、いや攻め合いが続きました。
勝負を分けた時間は、このあたりでしょう。
タラレバは言っても仕方ないし、実現可能だったかわかりませんが、個人的に大倉は大倉の距離を死守すべきだったなと思っています。
あくまで遠くに立って、退がっても自分の距離で蹴る。
近づくなら組んでヒザでブレイクを誘う。
ボディーが効いてるから難しいのですが、むしろ効いてるならなおさらです。
セコンドの飯村吉祥寺支部長(小野の師匠でもあります)が、「蹴れ!」と怒号にも近い指示を出していました。
そのスタイルをジャッジがどう評価するかは、判りません。
当たらないパンチを振り続けたアグレッシブさと、攻撃をもらわずに蹴りを当て続けた技術のどちらを評価するか。
ボクシングでもMMAでも、たびたびジャッジに対する疑義発生は起きていますが、明確な正解はおそらくないのでしょう。
それでも、いやだからこそ、自身のファイトスタイルを貫くべきところは貫いていく必要はあります。
格闘技は、他のスポーツよりも一層「人間」が出ると個人的に思います。
「自分はこういう人間だ」という、イデオロギーと言ってもいいエゴのぶつかり合いに、観ている側は興奮し勇気をもらいます。
思想的な意味だけでなく、自身のストロングポイントを最大限活かし切ることが勝負を分けることがあると言う当然のことを、この試合は改めて教えてくれました。
この試合、どちらも譲らない展開でしたが、我慢の展開からチャンスを作り、最後は自らのスタイルを押し通したのは若菜だったと言うことです。
ラスト30秒でコーナーに押し込まれて反撃の止まった大倉に、スタンディングダウンの宣告がされました。
これで勝負あり。
お互いに譲れないサバイバルマッチは、若菜が3-0の判定でモノにしました。
この階級は、「女帝」寺山とランキング1位AKARIが突き抜けている印象もあり、他団体の選手や階級を超えてのマッチメイクもされ始めています。
その中では、勝った若菜が立ち位置を上げ、負けた大倉は一歩後退となります。
それでも大倉のルール適応進化は随所に見られました。
印象的なのは「ワンキャッチ・ワンアクション」への対応です。
RISEではつかんだり組んだりした場合、攻撃がひとつだけ認められます。
例えば首相撲のような組み体勢になれば、ヒザをどちらかが入れればそれでブレイク。
このルールの使い方の上手下手は、ダイレクトに勝負を左右するかなと、個人的に思っています。
今回の大倉はその距離の対応がよくできていました。
近づいて組んでのヒザ、そして崩し。
注意はされていましたが、このあたりはムエタイベースの技術を見せられました。
その接近距離をもっと有効に使えれば、まだまだ強くなれますし、女帝攻略だって見えてくるはずです。
技術的な話はこれまで書いてきた通りですが、それ以外にも勝負を分けた要因はあるかなあと思うので、おまけ的に書いておきます。
接近戦の巧拙が勝負を分けたところはあるものの、大倉は決してパンチの下手な選手ではありません。
ただ、同じ体格・性別の選手との練習機会が限られるのは確かです。
大道塾空道では、ジュニア世代では女子選手もそれなりの数はいますが、残念ながら19歳以上になると激減してしまいます。
加えて、選手が少ないため階級も2階級しかなく、大倉の体格ではどうしても大きい相手としか対戦経験がありませんでした。
普段の練習では飯村先生や元WPMFランカーの末廣を相手にするのですが、リーチ差も含めた性差がある中での準備になることは否めません。
接近戦でパンチの距離が合わなかった要因は、このあたりにもあるでしょう。
キックボクシングでも特に地方ジムでは近い環境のところもあると思いますが、大道塾の場合は練習相手が基本的にキックボクサーではないことも当たり前です。
それでも、まったく違うルールへの挑戦を続けていることは、評価してほしいと思っていますし、大道塾の創設以来の理念を体現しようとしています。
(この辺は機会があれば詳しく書きたいのですが、要するに最強を目指すということ)
小野個人は対外試合を公式にはしていないので、偉そうなことは言いません。
でも大道塾は、歴史的に敵地に乗り込んで闘うことで、その技術体系を広げてきました。
先人たちはタイのトップ選手とも闘い、UFCに最初に参戦し、修斗とも交流してきた歴史があります。
最近では前述した末廣と大倉、平塚洋二郎がキックボクシングに、谷井翔太、岩﨑大河がMMAに挑戦しています。
彼らが、大道塾の未来を作っていくことを期待しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。