”最先端の総合武道”空道 大道塾 三鷹同好会/Team Tiger Hawk Tokyoの小野です。
ムエタイ観戦レポートです。
第8試合 メインイベント バンタム級 3分3R
カイト・ウォーワンチャイ(キングムエ) vs. 片島聡志(kick life)
海斗は、前戦の大崎孔稀戦で負った目のケガも重傷化しなかったようで、早めの復帰戦となりました。
...今、何気に復帰戦と書きましたが、ナックモエである海斗にはもともとそんな考え方は無かったと思います。
タイでは毎月のように試合があり、連勝していた選手がひとつ負けたからと言って次戦は「復帰戦」とはなりません。
もちろん負ければ「次は勝つぞ!」と思うのが当然でしょうが、ひとつの試合に勝っても負けても、次に試合が組まれたらベストを尽くして勝ちにいく、という繰り返しの中で、タイの選手たちはキャリアを作っていきます。
国際式ボクシングや日本のプロ格闘技と比べ、「1敗」の意味はいい意味で軽いということです。
いい意味で、と思うのはあくまでも個人的な評価(好み)ですが、「負け=選手としての価値が必ずしも下がらない」という認識が共有されているからです。
だからこそ毎月のように競り合う「観たい」カードが実現しやすいですし、その繰り返しの中で全体のレベルは確実に上がっていきます。
と、いう枕から入っておいてなんですが。
...今回に限って言えば、海斗も「復帰戦」的な意味合いを意識したのではないでしょうか。
何だよそれ! となってしまったらすみません。
(^_^;)
海斗、孔稀の前戦のレポートをお読みいただいた方には、なんとなくニュアンスは伝わるのではと思いますが、4月のBOMは、選手2人にとっても陣営にとっても特別な試合だったのでは、という感覚はレポートを書いた後も大きくなっています。
海斗にとっては、タイでも日本でもナックモエとしての「生き方」をブレずに通してきた中で、突然タイへの渡航制限がかかり、国内プロモーションでの試合を余儀なくされました。
その中で日本人選手との試合も続き(孔稀戦で3試合目)、差を見せつけての勝利を重ねたい中での敗戦。
タイでの勝ったり負けたりとは、どうしても意味が違ったのではないでしょうか。
孔稀戦でのファイトプランの狂いは、海斗にとって日本での試合が「普通ではない」ことを示していました。
その結果を受けて、意識的な修正の上で望まなければいけない試合という意味では、これは海斗の「復帰戦」という言い方をしてもいいのかもしれないと思いました。
対する片島です。
昨年12月の一成戦をレポートしましたが、大舞台に上がる機会が少ないものの、実力も実績も充分ある選手です。
身体の強さと技術力でフルラウンド闘い一成を苦しめた、と評価していい試合でした。
特にティープの精度が高く、何度も一成のプレスを跳ね返しています。
とは言え、ムエタイルールではやはり海斗有利なことは否めません。
しかし3Rで組まれたことで、片島にも充分チャンスのある試合になったと思いました。
何度か書いていますが、同じムエタイルール(ヒジ、首相撲あり)であっても、3Rと5Rではだいぶ戦術は違ってきます。
以前のレポートに詳しく書きましたが、概要としてはこうなります。
・タイでのムエタイの興行は、当然ですが全て5R
・従って、ムエタイの闘い方は5Rを通して最終的に勝つことを目指す戦術
・ざっくり言えば、
1-2R 相手の出方や戦力を測りつつ、自分の攻め方を試す
3-4R 自分の攻撃をヒットさせ、相手の攻撃はもらわないようにして主導権を握る
5R 勝っていれば「はずす」、負けていれば倒しに行く
全部で3Rしかないことは、「後半Rしかない」ため、「測る」「試す」という作業をすっ飛ばす必要があります。
そして、海斗のようなムエカオからすると、まだ元気いっぱいな相手をいきなり得意の組み展開に持ち込む必要があり、元気な相手を抑え込めないばかりか強打をもらう可能性も高まります。
従って、海斗が3Rで勝とうとするなら、ハイリスクハイリターンでいきなり捕まえにいってヒジヒザを狙うパターンは、もともと狙いづらいプランでした。
その上片島は一成の圧力も跳ね返し続けた実力者なのですから、余計にです。
海斗が前戦のように無理な捕まえ方をすれば、片島の攻撃がヒットする可能性も高まりますし、逆に片島に突っ込まれてもペースを取り返しづらくなります。
その意味では、1Rの展開が試合を決定づけるのでは、と思っていました。
さて試合です。
海斗はいつも通り、長めの、そして美しいワイクルーを舞います。
片島もその間、集中を切らさないようにしていました。
注目の1R、静かに立ち上がります。
海斗は右ミドルを軽めに蹴って、片島もローを蹴り返すくらいのスローな展開でした。
前述のように、ムエカオの海斗と、それを攻略したい片島。
3Rならば、立ち上がりが重要になります。
海斗には、孔稀戦のようにやみくもに前進して捕まえにはいってほしくないなあと思っていました。
逆に片島が勝つなら、序盤でプレスして1Rを取ってしまうプランもありえたので、どちらにも傾かなかったという、ちょっと意外な印象です。
...まあ小野の予想はいつもはずれるので、その意味で想定内でしたが。(^_^;)
海斗はまず右ミドルで距離を測りながらじっくりプレスして、「3Rで勝たないといけない」プレッシャー(焦り)を引き受けていたように見えました。
一方では、どこかで差をつけなければならないので、本当に勝負ポイントの作り方が難しかった試合でもあったと思います。
片島も無理には詰めませんが、やはりタイミングのいいティープを絡めつつ、終盤は海斗をロープ際に詰めるシーンが長く続きます。
細かいフェイントの応酬から、片島がプレス。
そして互いに蹴り足をキャッチしてリターンの攻防が繰り返されました。
派手な打ち合い蹴り合いに慣れている格闘技ファンには理解できないかもしれませんが、このロープ際の攻防のレベルの高さと緊張感は、見ごたえのあるものでした。
この試合のテーマと見どころは、前述した「3Rムエタイの難しさ」に加えて「キャッチング技術」だったと思っています(勝手に)。
キャッチングは、首相撲と並んで、タイの選手が突出して外国人選手を突き放す技術です。
キャッチング(つかみ)と言ってもさまざまですが、ミドルキックを脇で挟むかたちがポピュラーですし、ティープをすくうように手で持ち上げて崩すのもよくあるパターンです。
キャッチの後のパターンも、蹴り返す、殴り返す、足払いなど豊富ですね。
ミドルキックをキャッチしたまま歩いて押し込みながら攻撃する「タイナー」はタイでも禁止されてしまいましたが、それでもつかんで崩す技術は、ムエタイのもっともコアな部分だろうと考えています。
「生ける伝説」セーンチャイは近年外国人選手としか試合をしていませんが、身体の大きい外国人選手に対し、自分から軽く蹴って、蹴り返してくるのをキャッチして足払い、またはつかんだ足を投げてバランスを崩しての蹴り返しで翻弄するシーンが目立ちますね。
ご存じの通り、ムエタイ以外のほとんどの「キックボクシング」ではこのキャッチング技術は禁止や制限があります。
結果として、体力パンチ力のある選手だけにチャンスが増えるのは、個人的には残念ですし、この見た目は地味だけど効果的な技術を積極的に身につけていく選手が増えることを望んでいます。
キックボクシング選手だけではなく、小野の所属する大道塾、空道の技術体系としても有用です(もっとも蹴り主体の選手が少ないので、小野もあまり試合で使った記憶は多くありませんが(^_^;))。
その数少ないシーンの映像が残っていました。
慣れていない選手は、つかまれたことで「慌てて」転んでくれます。
タイを主戦場とする海斗がキャッチングで崩すのは当然ですが、片島も上手く使っていました。
お互いが崩されないので、結果印象は薄くなりましたが、その崩し合いに見ごたえがありましたね。
2R、片島は海斗のティープをキャッチ→ボディーショットから顔へのフックまで返すパターンを見せます。
もともと得意なのかもしれませんが、いきなり顔に返すよりも、首相撲に持ち込ませにくいだろうなと感じました。
海斗は徐々にプレスを強め、1分過ぎくらいに片島が圧力から逃れるようにして、この日初めての組み合いのシーンになります。
海斗がバックを取るような動きで背中側についてヒザで攻めます。片島は体勢は良くないものの、投げられたり効かされることなく逃れました。
このあたりは以前の試合レポートでも触れてますが、タイならばこの背中を向ける体勢は大差を付けられる可能性もあるものの、日本ならば印象が良くない程度ですので、ヒジで効かされたり切られたりしなければ御の字です。
海斗は右ミドルで押しつつ、左フックで誘い出そうとしますが片島が乗ってきません。
接近戦はやはり避けるプランと思われます。
やや焦れてきた印象も受けた海斗ですが、よく我慢して距離を制していたと思います。
狙いはやはりヒジでしょうが、片島もよくわかっていて、なかなかいい距離になりませんでした。
海斗はコーナーに詰めた状態でヒジヒザをヒットさせるものの、致命打にはならず。
終盤に片島のミドルキックをキャッチして、脚を払ってコカして2R終了です。
タイならば差がついて海斗なのでしょうが、日本のリングではどうでしょうか。
片島も好印象を明確にする攻撃はないものの、巧みに試合をコントロールできている(海斗に好きなようにさせていない)ようにも見えました。
最終3R、立ち上がりから海斗がプレッシャーをかけ接近戦に持ち込みます。
しかし、片島も負けじとパンチのコンビネーションで反撃し、跳ね返そうとします。
海斗は組めばさすがのバランスでいい体勢を作りヒザをヒット、そして、この日は得意の組みヒザにこだわらなかったのは正解だったと思います。
やはり、3Rでムエカオスタイルにこだわっていくのは得策ではありません。
代わりに、ミドルキックを要所で決めていきます。
タイミングのいいミドルは、確実に片島を押し込み、バランスを崩しています。
そして片島が蹴り返せば、キャッチしてヒジを狙う場面も作り、蹴り合いを制すことに成功しました。
そして残り1分を切る直前に、片島の回転バックヒジを捕まえてのヒザ。
片島は力なく座り込むかたちになりました。
ニアダウンで試合の行先を決定づけたシーンだと思います。
※公式チャンネルだと、途切れて映っていないようです。
非公式ですがリンクしておきます。
片島はパンチのコンビネーションを狙い、海斗はミドルキックから組めばいいポジションを取ってヒザ、という展開で試合終了。
判定は3-0で海斗でした。
見ごたえのあるいい試合だったと思います。
そして、ムエタイの好きなところでもある、試合終了するとまずは相手コーナーに挨拶しにいく場面。
終わるまでは殺し合い。終わったらノーサイドで相手サイドへの敬意を示す。
このカルチャーは日本でも根付けばいいのにと思います。
佐藤孝也会長が、片島の頭をポンポンしていたのが個人的には良かったです。
海斗勝利はほぼ確信していたこともあると思いますが、片島の技術力も強さも、充分に認めていたということでしょう。
ところで。
キャッチングはこの試合の見どころだ、として前半を書き進めていました。
最終3R、片島はティープを多用し、圧を強める海斗に試合を傾かせないよう、懸命に抵抗しています。
対する海斗は、そのティープをほとんどキャッチしにいっていません。
試合前半ではほとんどのティープを取りにいっていたのに、です。
なぜか?
このあたり、小野もまだまだわかっていませんが、タイの選手たちも全局面で蹴り足を取りにいくわけではないなと感じています。
特にティープに対しては。
ティープはとても有用な技術ですが、それは攻撃にも防御にも使えるからです。
他の技ももちろんそうですが、ティープは特にディフェンス目的で使われるときに、より意味を持たせられると考えています。
片島の、特に最終Rにおけるティープは、前述したように「流れを取られないための抵抗」すなわちディフェンシブな動作でした。
そして海斗にとっては最終Rは、少ないラウンドの中でハッキリと差をつけなければいけない位置づけだったはずです。
相手のディフェンスの動きは無視して、自身の攻撃をヒットさせることに注力していたと、勝手ながら解釈しています。
もちろん、キャッチして転んでくれる相手なら、それは明確に自身の攻撃になるわけですから狙うでしょうが、レベルの高い相手なら、なかなかそうはいきません。
片島がまさにそうだったように。
そしてティープを蹴られても、効かされたり吹っ飛ばされたり転ばされたりしなければ、流れとしてはイーブンなので、勝負をつけに行くタイミングではお互いに無視して蹴らせておく展開は、タイの試合でも見かけます。
もちろん、距離を測りながら相手に次の強い攻撃を当てていくためには、ティープは有用ですから、出す意味もあるということなのでしょう。
そんなことを勝手に考えて、ムエタイの技術と戦術の奥深さを感じた試合でした。
勝った海斗は、当日もアナウンスがありましたが次戦も決まっているようです。楽しみですね。
また、本稿はファン目線で海斗よりの書き方をしましたが、一成戦も含めて、片島の実力は評価を上げたと思いますし、もっと上がっていいとも思います。
おまけ。
この日の興行は、他の試合も良かったです。
その中でもっとも小野の目を引いたのは、第4試合に出場した景悟(レジェンドジム)でした(44ユウ・ウォーワンチャイにKO勝ち)。
まだ17歳とのことですが、素晴らしい戦いぶりでした。
日本のキックボクシングの未来は、明るいなあと思います。
...小野はキックボクシング界の人間ではありませんが。(^_^;)
最後までお読みいただきありがとうございました。