観戦レポート 20201029 NO KICK NO LIFE ~新章~

”最先端の総合武道”空道 大道塾 三鷹同好会/Team Tiger Hawk Tokyoの小野です。

今回はキックボクシングです。

第5試合 福田海斗 vs. 馬渡亮太 55kg契約 3分5R

カイト・ウォーワンチャイこと福田海斗。BOMのレポートでも取り上げました、小野イチオシの日本人ナックモエ(ムエタイ選手)です。

対する馬渡亮太も、綺麗なムエタイスタイルで闘う選手で、「ボクシングキック」とも言われる日本キックボクシング界では目を惹かれる存在です。

誤解なきように言っておけば、ボクシングキックでも強くて魅力的な選手は多くいますので、ディスってるわけではありません。

(^_^;)

むしろ、判定基準がボクシングよりの中で、ムエタイスタイルを貫こうとしていて好きだなという程度の意味です。

今回のテーマは、「ムエタイスタイル」とムエタイの違い、としてみます。

初めに言ってしまえば、強ければそんなのどっちでもいいのです、ぶっちゃけ。

でも、この試合はそういう観方をするとよくわかるなあと思ったので、ちょっと私見で解説してみます。

試合の展開をおさらいしておきます。

まずは入場。

海斗はワイクルーの動きを取り入れたように踊りながら入場してきました。

今回はキックボクシングの試合なので、ムエタイなら当たり前の儀式であるワイクルーはありませんが、代わりにということなのでしょうか。

それだけでテンションが上がったムエタイファンも多かったのでは、と勝手に推測します。

...小野がそうだったからです(笑)。

(^_^;)

1R、満面の笑みでグローブを合わせ、すぐに真顔に戻った海斗。

この試合のために来日したタイ人みたいだなあと思いました。

タイ人が日本人(というかタイ人以外の外国人)と闘うときによくやるしぐさです。

イメージとしては「相手してやるよ」と「早く終わらせて美味いもんでも食おう」みたいな。

しかし、タイ人選手と違うのは、対戦相手の馬渡をなめている様子もなく、楽して勝とうともしていないことでした。

軽い蹴りの交換の立ち上がり、馬渡もいい動きでした。

長い手足を活かして距離を保ち、ティープ(前蹴り)も効果的でした。

海斗のローをしっかりカットし、逆にローをカットさせながら軸足を刈り、バランスを崩すシーンも見られました。

それでも圧を強めた海斗が、最後に首相撲で捕らえて1R終了。

2R、海斗はパンチも交えて前進し、首相撲で捕まえる時間帯がぐっと増えます。

この展開は、馬渡は避けたいはずでしたし、実際に組むと技量の差は明確でした。

馬渡がガッチリ組まれて後ろを向いてしまうシーンも何度もありました。

やむをえず、だとは思いますが、もしかすると作戦のうちかもしれません。

こういうことです。

ムエタイとキックボクシングの判定基準の差は、以前RISEのレポートで触れたことがあります。

ムエタイ : 試合のコントロールや美しさを重視します。よって、強打を当ててダメージを与えたほうよりも、大きくて美しいフォームの攻撃を当てて相手のバランスを崩したほうが有利。

キックボクシング : ダメージとアグレッシブさを重視します。よって、手っ取り早くダメージを与えられるパンチの比重が大きくなります(ヒジ無しならなおさら)。

首相撲に関して言えば、組んだ時に相手が何もできないように抑え込むポジションに持ち込めば、実際のヒジやヒザがヒットしていなくとも、差がつきます

さらに言えば、良くも悪くもムエタイをムエタイたらしめている「賭け」においても、無抵抗な姿勢や逃げるような態度を見せると、一瞬で賭け率が相手に流れることもままあります。

対してキックボクシングではそんなことはありません。

基本的にはヒジヒザを伴わない組みは「クリンチ」扱いです。

海斗が首相撲が強いのは、誰でも知っています。

タイのトップ選手相手に組みで勝ってきているのですから、そこでは勝負できないことは馬渡サイドは折り込んでいたはずです。

そして、組まれてもダメージを負わされないようにして、最悪後ろを向けばブレイクがかかり、キックボクシングルールでは「印象は悪いが、決定的な差にはならない」で済みます。

そう考えれば、馬渡が後ろを向いて逃げるのも作戦の範囲だったのかもしれません。

ブレイク後、馬渡は離れてミドルキック、そして接近する海斗にヒジを振るい、何とかして組ませない展開を作ろうとしました。

しかしながら、海斗はさらにその上を行きました。

組み際の展開の中で、「横からの縦ヒジ」をクリーンヒットさせてダウンを奪います。

...「横からの縦ヒジ」って何だよと思われるかもしれません。

(^_^;)

ヒジ打ちと言うと、水平方向や、斜め上くらいからこめかみや目元を狙った打ち方がポピュラーです。

あるいは、上から脳天やガードの隙間に打ち下ろすパターンもよくあります。

しかしながら、ヒジ打ちには、実は決まったかたちはないと言ってもいいのです。

肩の可動域のぶんだけ、コースの幅があり、打ち方のバリエーションがあります。

海斗がダウンを奪った打ち方は、組み際の腕を押さえ合う展開の中で、腕にかけていた右手を内側にスライドさせながら、肘の前腕よりの部分をアゴに滑り込ませるようなパターンでした。

タイでもムエカオ(首相撲の選手)以外ではあまり見かけませんし、日本人(というかタイ人以外の外国人)が使っているのを見た記憶がありません。

高等技術と言ってもいいでしょうし、そもそも首相撲の絶対的な技量と相手を抑え込むパワーがないとできない打ち方です。

タイでは「ゾンビ」の異名を取るムアンタイ・PKセンチャイジムが得意としていますね。

ヒジ打ちについては、海斗の先生である佐藤孝也会長がまとめられていますし、本稿での「横からの縦ヒジ」という表現も拝借いたしました。

「キング・ムエ」の日常ブログ:2020年09月 - livedoor Blog(ブログ)

タイのトップ選手の最新技術を絶え間なく学び、海斗に落とし込んだ結果が、あのダウンだったということです。

馬渡のヒジは鋭く危険な武器でしたが、打ち方はポピュラーな水平方向のもの一辺倒でした。

それが悪いわけではありませんが、海斗のヒジ打ちはムエタイの技術の凄さを見せつけたものだと思います。

3R、しかしながら波乱が起きます。

馬渡がヒジをヒットし、海斗の左目じりをカットしたのです。

これは切った馬渡を褒めるべきでしょうが、海斗もKOを狙ってやや強引に前に出て組もうとしたことが一因だと思います。

結果としてこのことが試合を面白くしました。

前提として、「有効打による出血」扱いの、タイと日本の(ムエタイとキックボクシングの)違いがあります。

ムエタイでは、よほどのことが無いと出血によるドクターストップはありません

かなりの流血になっていても、チェックすらせずに試合は続行されます。

このあたりは、やはり「賭け」とも関係あるのかもしれません。

賭けの影響は、近年大きくなったと考えられてますが、80~90年代の試合ではカットによるTKOもよく観られるからです。

ギャンブラーからすると、賭けている選手が勝っている展開の中で、「出血しただけで」負けにされたらたまったものではない、という論理が働いているのではと思います。

しかしながら今回は日本のキックボクシング裁定。

出血は、傷が大きければ安全を考慮してTKOとなります。

海斗も解っているのでしょう。

切られた後、さらにリスクを取って前に出て馬渡を捕まえてヒジヒザを入れていきます

傷が浅かったのはラッキーでしたし、その後は追撃を許さずに首相撲の展開のまま、このラウンドを終えます。

4Rも同じ展開が続きます。

圧をかけて組みにいく海斗と、なんとか距離を保ちながら、さらにカウンターでの一発を狙う馬渡。

しかしながら、充分に警戒してパンチの手数を減らし(ガードを空けないようにして)、逆に様々なヒジ打ちを出しながら前進する海斗に、馬渡の疲れが見え始めます。

5R、海斗が詰めます。

このことは、海斗がキックボクシングルールに合わせたこと、そして日本でのファイトであることを充分に意識していたことを示しています。

タイの試合ならば、最終Rでは、ほとんどの場合勝っていることが判っているほうは攻め込みません。

リスクを冒さずに確実に勝つことが求められるからです(これも賭けの影響でしょう)。

日本では、そのスタンスは良しとはされません。

KO至上主義とも言える、最後まで倒す姿勢は選手としての価値に繋がっています。

しかし、それだけではないのかもしれないとも思っています。

海斗サイドでは、馬渡の技術や実力を認め、カットされたことも含め、完全決着を示したいという意図もあるのかな? と思いました。

もう一つ傷口にヒジが当たったら、ストップもあり得ました。

その中で攻め切った海斗は、終盤でやはりヒジ打ちでダウンを追加します。

馬渡の頑張りは賞賛に値しますが、消耗がひどく、最後は立っているだけという印象でした。

大差の判定で海斗の勝利となりました。

さて、本稿のテーマは「ムエタイスタイル」とムエタイの違いでした。

既に書き込んできたところはありますが、補足的に少し書いてみます。

馬渡の技術の確かさ、フォームのきれいさは高く評価されてしかるべきです。

しかしながら、ヒジ打ちの使い方や首相撲の技術では、やはり本物のムエタイには劣後していたことは否めません。

そして、もっとはっきりしているのは、フィジカルの差です。

ムエタイが好きな人たち(小野も含め)は、その技術力や駆け引きの巧みさに惹かれている傾向はあると思います。

しかし、ムエタイの凄さは、技術はあって当たり前で、では何で差をつけるのかが問われていることです。

言い換えれば、その選手の「個性」「強み」をしっかり見せないと、結果には繋がりません。

純粋な競技ではないというと語弊がありますが、やはり「賭け」対象であることも無関係ではないかもしれません。

例えば、蹴りの受け返しは下手かもしれない、首相撲もさほど強くない、でも前進してパンチやヒジの打ち合いではめっぽう強い選手も評価されたりします。

我々が「ムエタイっぽい」と捉える、美しいフォームのミドルキックや、スウェイからの蹴り返しは、ムエタイの一部に過ぎないのです。

海斗はムエカオなので、相手の攻撃を身体で受けながら前に出て組みつき、ヒザとヒジを打ち込む必要があります。

今回は本来の階級が上の長身の馬渡を相手にしましたが、そのスタイルを変えることはありませんでした。

そのために必要なのは、フィジカル面での強さです。

前回のBOMユット戦でもそうでしたが、身体が一回り大きくビルドアップされた海斗が前に出る凄みは、格闘技の本質を見せています

結果としてカットを許しましたが、ナックムエ(ムエタイ選手)として一番大切なものは、技術ではなく、とにかくその勝負を制すること、という姿勢を見せられたのではないでしょうか。

そして、ムエタイの闘い方でキックボクシングに勝つのだというプライドも、充分に見せつけました。

ムエタイという競技が、単なる技術ゲームではなく、極端に言えば殺し合いに近い「格闘技」としての完成度に優れているものだということを、キックボクシングルールの中で見せてくれたことに、尊敬と賞賛を惜しみません。

対した馬渡も潜在能力は示しましたし、これからが楽しみですね。

タイでもまた試合して欲しいなと思いますし、今の日本人選手には若くて強い選手がたくさんいるので、しのぎを削るには悪くない環境です。

「総合力」を磨いてほしいです。

お読みいただきありがとうございました。

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